万年筆界隈には大きな沼が3つ存在します。万年筆沼、インク沼、そして紙沼の3つです。
- 万年筆沼は、
「お洒落な万年筆を集めたい」・「書きやすい万年筆を追求したい」 - インク沼であれば、
「美しい色のインクを集めたい」・「シーンによって色を使い分けたい」
といったようにシンプルで分かりやすいけど、今回は紙について。長ったらしいお話になりますが、どうぞお付き合い下さい。
目次
筆記用紙の価値観って人によって大きく異なる
興味のない人たちから言わせれば、紙なんて書ければどれだって同じですし、そもそも紙を買うという感覚がありません。
紙を買うのではなくノートを買うのですから。あとは手帳リフィルくらいかな。ノートを選ぶ基準はこんな感じでしょうか。
- B5なのかA5なのか(サイズ感)
- 横罫で7mmが良いとかドット方眼が良いとか
- パッケージのデザインや素材
- 綴じ方
- 安いか高いか
ちなみにスタンダードなノートの代名詞といえばコクヨのキャンパスノートが挙げられる訳で、キャンパスノートは1冊200円程度で購入可能。まとめ買いをすればもっと安く買えるわけです。
ノートは毎日使う消耗品ですから、使い勝手が良く安ければ良いというのが普通の考え方ですし、以前は自分もそう考えてました。
でも紙沼に堕ちた人たちの感覚は少し違います。
まず、値段を気にしなくなります。
一冊800円、1,000円もするようなノートを当たり前のように買うし、2,000円、3,000円を超えるノートだって買います。
ロイヒトトゥルムというノートを色違いで集め、ロイヒトタワーなるものを建設しているお友達がいますが、そのロイヒトトゥルムというノートは一冊3,000円。
ちょっと気が狂っているようにも感じますが、紙沼の民達には普通の感覚なのです。ロイヒトトゥルムの場合は紙以外の要素も大きいのですが。
ちなみに私、文房具屋に家族で行った際、嫁の前で800円のノートを手に取ったことがありますが、酷くボコられました。嫁のキレた様子を見て、それ以来、私が200円以上するノートを大量に使っていることは一生隠し通そうと誓った訳です。
まとめ買いすれば一冊100円以程度で買えるかどうか、我が家ではそれがノートを選ぶ絶対的な判断基準で、それ以外はこの基準をクリアしてからのようです。
紙による万年筆の書き味の違い
今回は値段のことは置いておいて、万年筆、インク、紙というのは切っても切れない関係性があり、この三者のバランスによって書き味が大きく異なってきます。
そしてそのバランスが整うと、単に書くという行為が快楽に感じるようにもなります。
ぬらぬらとした書き心地は万年筆が紙の上に浮いて滑っているように感じられます。
一切の抵抗のない書き味は、整備されたスケートリンクの上にさらに油をまんべんなく塗り、その上を滑りつつ誰かに上から操られている感覚に近いのではないかと感じます。
そんな書き味を知った民はさらなる快楽を求め、よりぬらぬら感を味わえる万年筆をえらび、滑りの良い紙を追求することになるのです
逆に多少の抵抗を感じながら「さりさり」とした筆記感を求める民もいます。
自分はどちらかというとこちら側なんですけど、例えば習字など文字を丁寧に書こうとすると、あまり滑り過ぎる紙だと書きづらい為、ペン先をコントロールしやすい多少の抵抗感のある紙を選ぶのです。
他にも万年筆のインクフローを良くする紙質・悪くする紙質といったものもありますね。
そんな訳で、万年筆にハマると次にインクにハマり、さらには紙質が気になり出す。このノートには何の紙が使われているのかをチェックした上で購入しはじめ、挙げ句の果てにはノートではなく紙単体でオーダーし始めるのです。
紙沼とは
万年筆に最適と言われる紙や、その用紙を使って作られたノートというものが存在します。
なぜそういった用紙が存在するのかというと、万年筆に適さない用紙に万年筆で筆記すると、同じ万年筆で書いているのにインクが出づらい・用紙の裏にインクが抜けてしまう・インクがにじんでしまうといったトラブルが生じる事があるから。
万年筆に適した用紙は、筆記トラブルが起きない事が求められるわけで、有名どころだとトモエリバーやバンクペーパー、神戸派計画のグラフィーロなどは万年筆ファンであれば聞いたことがあるはずです。
筆記感も紙によってそれぞれ異なり、滑るような筆記感が味わえる紙、紙の繊維の粗さ・ザラつきからくる抵抗を感じながら筆記できる紙など、紙によって様々です。
筆記感はどれがベストといった正解はなく、書き手の好み・感性に任せることになるため、一般的に万年筆に適したノート・紙というのは裏抜けせず滲まない用紙を使ったノートのことを言われます。
ちなみに、フローの良し悪し、裏抜けする・しない、滲む滲まないは用紙だけの問題ではなく、万年筆の字幅やインクとの相性もあります。
それぞれの組み合わせによって結果が異なってくるので、たまたま手持ちの万年筆で筆記して裏抜けしなかった・滲まなかったから良しと決めるのも違います。インク変えたら普通に抜けるなんてことはザラにありますから。
いつかブログで万年筆に適した用紙というお題で記事を書きたいと思ってますが、用紙にこだわり始めると信じられないほど奥が深く、自分レベルが用紙について語るのには100年早いのではと感じてしまうほど。私自身も紙についてこだわり始めてから数年が経過し、未だ何が最高なのか分からないで迷走しています。
世間一般的にはこれを紙沼といいます。
とは言いつつ、紙沼を永遠に続けていく訳にもいかないので、今感じている万年筆に適したノート・紙についてまとめます。
万年筆に適したノート・紙を考える
万年筆に適した用紙を考える上で必要な条件・キーワードを個々の好みと紙自体の性能に分けて挙げます。
個々の好み
- 書き味・インクフロー
- 滲み
- 紙の色(ホワイト・クリームなど)
紙自体の性能(万年筆との相性)
- スキップの有無
- 乾きやすさ
- 発色の良さ
- 変色の少なさ
- 裏抜けの少なさ
「書き味・インクフロー」・「滲み」・「紙の色」というのは個々の好みによって分かれるもの。インクフローについては潤沢なフローの方が書いていて気持ち良いのは事実ですが、潤沢すぎて違和感を生じる紙もあるのでバランスという観点で個々の好みとしました。
「スキップの有無」・「乾きやすさ」・「発色の良さ」・「変色の少なさ」・「裏抜けの少なさ」は紙自体の純粋な性能と考えると定義しやすいのではと思います。
では一つ一つ説明します。
書き味・インクフロー
まず最も大切なのは書き手が望んでいる書き味を実現できるかどうか。上でも述べたようにぬらぬらとした書き味、サリサリとした書き味などがあります。
紙を触ってみると、その紙の目指す「なんとなくの方向性」は見えるわけで、用紙自体がツルツルしているものもあれば、レイドが入っていてある程度の抵抗を感じながら筆記できるように仕上げているものもある。この辺りは好みによる部分が強いし、筆記用途によって変えていくのもアリです。
逆に書き味の悪い紙ってどんなものがあるかというと、ペン先がスムーズに走らない紙が挙げられます。抽象的な表現だけど書き味の悪い紙は万年筆のペン先が走らない。湿っている土の上を歩いているような重い感覚といえばイメージつくかもしれませんが、とにかく書いてて気持ち悪いのです。
そして書き味はそのままインクフローにも繋がっていくわけで、インクフローの良い紙は、万年筆の性能をきちんと引き出してくれます。
万年筆には様々な字幅や書き味があり、それらの書き味は書き手は頭の中にインプットされていますが、そのイメージ通りにインクが出て筆跡が残せるものがベスト。逆にイメージ通りにインクが出ないものはストレスにつながります。
紙によっては極端にインクが出辛いもの、逆に潤沢に出過ぎるものもあり、万年筆との相性と合わせて好みの要素が強いのがインクフローだと思うのです。
滲み
次に滲みの問題。滲まないというのが万年筆に適した用紙のキーワードとなっているけど、これも違います。
ある程度の滲みがあるからこそ万年筆の筆跡に特有の味が出てくるのであって、滲みが全くでない用紙はせっかく万年筆で書いているのに味気ない筆跡になります。ただ滲む度合いというのは考慮すべきでほどほどの滲み加減というのを追求していくことが必要だと感じます。
ちなみに滲まない紙の代名詞といえばトモエリバー。トモエリバーは書きやすいし薄いしで私も重宝しているけど、全く滲まないので筆跡の表情に味が無いのも事実です。
スキップの有無
スキップというのは最初の書き出しでインクが出ないときに使う用語。(私はそう呼んでいるけどみんな使ってるよね?「この紙スキップするんだよな〜」みたいな)
書きはじめてしまえば普通に筆記できるのに、最初の数ミリから1センチ程度インクが出ないというあれ。この経験は万年筆ユーザーなら少なからずあると思うけど、これも紙質が影響している。(万年筆本体のフロー、インクの問題もあります)
このスキップが本当に最悪で、個人的には一番嫌いな部類。書き出しでつまずいた時のストレスは相当高い。万年筆の調子が悪いのだろうかという不安にも繋がりますし。
紙の色
筆記用紙の色を大きく分けると、寒色系のホワイトと、温かみのあるクリーム系の色に分けられます。
どの色を使いたいかは個々の好みですが、クリーム系の色はブルーブラックインクとの相性も良く、私も好んで使っています。
乾きやすさ
乾きやすさはその名の通り筆記後にどれくらいの時間でインクが乾くかどうかで、紙質の性能としてとても重要な要素。特に縦書きするときに乾きづらい紙は本当に辛いです。
また、乾きやすさというのはインクの色分離につながる要素にもなります。トモエリバーが代表的ですが、トモエリバーはインクの乾きが悪いので、乾燥中に色分離して筆跡が汚く見えてしまいます。
滲みの要素・乾きの要素でトモエリバーの事を悪く言ってますが、私はトモエリバーの愛用者なのであらかじめ。ダメな部分も多いけどそれ以上に便利が圧倒的に優っている紙だと思ってます。
発色の良さ
発色の良さというのも実は難しい定義であって、万年筆用インクの色ってすごくアバウトです。また同じインクを使っていても用紙によって発色が全く異なってくるので、そもそもが何色のインクなのかわからなくなります。
インク製造者は、何色を目指して開発したのだろうって感じたことがあるのは私だけではいはず。
そんなことも有ってか、万年筆のインク名は、例えばパイロットの色彩雫シリーズなどのようにインク色の名前に自然や風景・その色から連想できるものの名前をつけることが多いのでしょう。
筆記する用紙によって発色がバラバラになってしまうことの多いインクなのだから、そういった名付けの仕方は正解。
間違っても黒=000000みたいなカラーコードで名前を付けたら、万年筆インクならではの心地よい感性は無くなり詰むはずです。
もし、インクの見本帳を真剣に作るのであれば、何の紙に対しての色見本なのかを考慮すると良い見本帳が作れます。
変色の少なさ
変色の少なさというのは、シンプルに言えばレッドフラッシュしない用紙であるかどうかということ。レッドフラッシュというのは、ブルーブラックインクを使っているのに赤く光ってしまうアレのこと。
個人的にレッドフラッシュするインク・紙は嫌いで、ブルーブラックで書くのであればブルーブラックで書きたいし、ブルーブラックという名で販売する以上ブルーブラックで書けるインクを作ってもらいたいと願っていますが、インクだけの問題ではなく紙との相性が非常に強いため簡単なものではありません。
仕方ないので出来るだけ「レッドフラッシュしないインク」・「レッドフラッシュしない用紙」を探して使うようにはしているがこれも本当に奥が深い。私、レッドフラッシュしないインクと紙を探す旅にも出ているので、どこかで記事にまとめようと思います。
裏抜けの少なさ
一般的には裏抜けしない、滲まない用紙が万年筆に最適と言われていますが、個人的にはちょっと異なるような気がします。
例えば裏抜けする用紙であっても、圧倒的に心地よい筆記感を味わえる用紙は多く存在するわけです。
有名どころだと伊東屋のロメオノートなど。ロメオノートを裏抜けするからという理由で万年筆に適さないノートと決め込むのであれば、そんなにもったいないことはありません。
他にも一般的な原稿用紙などは普通に裏抜けはする。文豪たちが愛した山田紙店の原稿用紙も当たり前のように裏抜けしますが書き味は最高に良いです。
手帳など、用紙の裏にも書き込む必要がある紙は裏抜けしたら、肝心なところに何が書いてあるか分からない・書きたいところに書けなくなってしまうなどの問題が生じるため裏抜けはNGですけど、一般的なノート等で書き味を追求していくのであれば、そこまで裏抜けを気にする必要はないんですよね。
裏抜けした用紙に書くのが嫌なら裏のページを使わなければ良いだけですし。※次のページまでインクが抜けてしまうのは論外だけど。
最近は裏抜けするしないが万年筆用の筆記用紙を選ぶ上での基準みたいになっているけど、抜けなければラッキーくらいで考えるようにすると紙を選ぶ世界は大きく広がりますよ。
まとめ(まとまらない)
だいぶ文章が散らかってきたし、記事のゴールが全く見えなくなってきたのでここまで。
何が言いたかったのかというと紙沼はとにかく深いぞって話。
ちなみに、一つだけ推しの紙を紹介しろと言われたら、大和出版印刷が開発した万年筆のための用紙「Liscio-1」って紙(ノート)を選びますかね。
書き味、にじみのバランス、発色の良さ色が絶妙で変色も起きない、もちろん裏抜けもなし。これぞ万年筆専用に作られた紙だと思ってます。
でもLiscio-1、この紙を抄造する機械自体が寿命を迎えてしまい替えが効かないとかで、買えなくなる日が近づいているんです。(他の機械で同じ分量で作っても同じようにいかないらしい)